– e.max Pressでの色調再現-プレスセラミックスのインゴット選択における基準
2010 IPS e.max Press ハンズオンコース修了2008 Baren oral design コース修了日本顎咬合学会認定歯科技工士北海道歯科技工士会
スタディーグループ札幌歯科技工倶楽部所属小林 洋平
1.はじめに
プレスセラミックスには、様々な透明性をもった多くのインゴットのラインナップがある。(図1)この透明性の違いは支台歯の色調を多かれ少なかれ受ける、ということであり、これが、プレスセラミックス最大の特徴であり、その他のセラミックスマテリアルに比べて利点であると考える。
しかし、実際の口腔内での支台歯の状態というのは実に様々で(図2)決して歯頚部から切縁方向に向かって同じ色調であることはまず無いであろうことがわかる。
そこで、このプレスセラミックスの特徴である支台歯の色調を生かしながら補綴物を作製するには何を基準としたらよいのか考察したい。
2.上顎6前歯に対するインゴットの選択
ここでは、支台歯の大きさにも差があり、かつ、それぞれ色調も異なっている上顎6前歯に対するプレスセラミックスでの単冠修復について見ていきたい。(図3.4)
最終的には上顎全て補綴となるので、A2相当の色調を目指していく。
支台歯の色調状況としては(図4) 右側3番から左側1番は天然歯、左側2番、3番
には一部メタルコアが入っている。左側3番は歯質の部分にも若干、他の部位よりも色の変化が見られる。
支台歯の大きさについては、(図6、図7)有髄歯であり、支台歯のボリュームも大きい。左上の2番の支台歯は逆に極端に小さく、左上の3番が適正な支台歯の大きさとなっている。側方観から、左上2番の支台歯の小ささに対して、有髄歯の支台歯の厚みがよくわかる。
唇側面のボリュームを出来るだけ抑えた形態にWAX UPし(図8,9)、この段階でインゴットの選択に入る。(図10)
唇側面の赤く透けている箇所は内面のアンダーコーティングWAXとレジンによるキャップの層で、厚みが、ほぼ0.4mmになるように作ってある。
WAX UP状態から、唇側面のクリアランスとそれぞれ支台歯の特徴から、特にクリアランスの不足している左右1.1と右上2番については天然歯なので支台歯色調は最大限生かしていく方向で、LTのインゴットを選択。左上2番はメタルコアがはいっているので、通常であれば、最も不透明なHOのインゴットを使用するのが適していそうだが、歯頚部の色調は生かしたい点と、支台歯の大きさが極端に小さい事から、使用するインゴットは通常以上の厚みとなるので、多少透明度のあるインゴットを使用しても明度の低下はあまり起こらないのではないかと考え、こちらも同様にLTのインゴットを選択した。
左右3番については、色調的には天然歯とメタルコアと支台歯条件に違いがある。
しかし、右の支台歯は少し大きいながらもWAX UPから、両側ともほぼ適正な範囲のクリアランスであった。ただやはり、左上3番のメタルコアの色調はLTインゴットではカバーできないと判断し、やや不透明なMOインゴットを選択した。
上顎2~2はLTを選択したカットバック法、上顎3、3はMOを使用したレイヤリング法を用いた。なお、舌側は陶材のスペースを作る為に無理にカットバックせず、強度を高める為に舌側からコンタクトにかけてフレームを露出させる事とした。(図11)
今回のような複数はにわたる単冠の症例ではコンタクト位置をあらかじめ決定しておくことができる。プレスした後もほぼ無調整でコンタクト位置が再現される。(図12)
その後は、純粋に支台歯色調の影響をどれだけ受けるのか確認する為にプレスされたフレームに対して特別な事はせずに、通法に従いA2相当の陶材を築盛して完成した。(図13)
唇側面のスペースの違いがわかる。右上2番の最も薄い部分については0.5mmほどの厚みとなっている。(図14)
臼歯部インプラントの上部構造、前歯部補綴物装着後3ヶ月経過した口腔内所見である。(図15) 唇側面のスペースの違いがわかる。右上2番の最も薄い部分については0.5mmほどの厚みとなっている。(図14)
右側の1番、2番は、天然歯支台で、唇側のクリアランスも少ない状態だったので、LTの透過性を生かし、十分に支台歯の色調が反映されていると考える。右上3番のMOインゴットを選択した部位については、右上1番、2番との明確な差は感じられないが、デンティン陶材を築盛したことによって、若干色調に力強さが感じられた。(図16)
左上1番は、右上1番同様、唇側のクリアランスの少ない天然歯支台に対してのLTの選択なので良好な色調を示している。問題の左上2番、3番、メタルコア部分だが、左上2番は唇側のクリアランスが5mm以上あったにもかかわらず、若干の明度の低下が見られた。これは、支台歯のメタルコア部分の色調の反映というよりも、通常より唇面のクリアランスが過剰な状態に、LTインゴットそのものの透過性の強さが、そのまま影響してしまったように感じられる。左上3番では、支台歯上部がメタルコアとなっているが、MOインゴット選択のビルドアップ法にて、支台歯の色調は遮蔽できている。右上3番との差は見られなかった為、選択としては良好であったと考えられる。(図17)結果として、スマイル
ラインとの調和、形態も含め、色調に関する患者の満足は得られた。(図18)
3.インゴット選択の基準
ここまでのそれぞれのインゴットの選択に対するまとめとして、天然歯支台で、色調が良好と判断した時、支台歯が大きい場合には積極的に支台歯の色調を引き出せるLTインゴットを主な選択とし、支台歯が小さい場合には、MOインゴットを選択してデンティン陶材を築盛するビルドアップ法を選択する必要がある。(LTインゴット+エナメル陶材築盛だけでは透明度過多で全体の明度の低下を招く恐れがある) より、自然観を出すポイントは明度のコントロールにあり、加えて述べるならば、歯頚部と歯肉との境界の馴染み方に
ある。(図19)
このことをふまえて、支台歯を3分割して考えてみると、まず、支台歯切端1/3を超えない範囲でメタルコアまたは強い変色がみられる場合はMOインゴットを使用して、デンティン、エナメル陶材をビルドアップすることで、明度のコントロールは可能だと考えられる。また、支台歯が極端に小さい場合に限って、LTインゴットを使用する選択枝もあるが
、明度低下の可能性があるので注意したい。
次に、メタルコア部分が、切端から2/3を超えた場合は、明度の低下が顕著である為、これをふまえて、インゴットの選択時は、LT、MOインゴットで1ランクから1.5ランク明度の高いインゴットを選択する。もしくは、デンティン陶材のかわりにややオペーキーなディープデンティン陶材を選択するか、プレスしたフレームに白系のエッセンスをほどこ
して変色部分の明度を上げてみる事をお勧めする。
そして、支台歯全て、もしくは、歯頚部1/3のエリアに色調不良が見られる場合には、これは決定的に明度の低下を引き起こす為、積極的に支台歯の色調を遮蔽するHOインゴットを選択する。場合によっては、MOインゴットのフレーム表面に唯一明度を上げる効果のあるホワイトのエッセンスをステイニングする方法が考えられる。(図20)
4.下顎右側3番、再製作の症例
応用編として、次の症例を見ていただきたい。一度、プレスセラミックスにて作製したが、色調の不備で再製作となった下顎右側3番の症例である。
一回目に作製したクラウン(MOインゴット選択)を口腔内に入た状態で撮影をおこなった写真である。この症例での天然歯を見てみると、一見白っぽいが、歯冠中央を見ると透明感も感じられる。(図21、図22)
グレースケールにて明度を確認してみる。シェードガイドA3.5、A4を切り取って歯牙の上に乗せてみると明度としてはA4のほうが近いことがわかる。ということは、エナメル質が白っぽいことで、見た目上は明るく見えるということで、内部のデンティンはかなり濃い色調を持っていると考えられる。(図23)
それでは支台歯の状況はどうか?左上部にはファイバーポストの白い部分が見られるが、その他の歯質の部分は、独特のグラデーションを持つ。これもグレースケールにて確認する。
通常の写真で見ていた時には変色歯であり、支台歯の色調を遮蔽すべきと考えたが、明度として考えてみると、特に歯頚部付近の比較的色の薄かった部分においては、本来の天然歯と同程度の明度が確認された。
より自然観を出すポイントとして、前項でも述べた、歯頚部付近の明度の一致を最重要点としてる事から、ここは歯質の色調を生かす為にLTインゴットを選択する事とした。
歯冠中央の茶色い斑点のような色調についても、表面のエナメルの白っぽさに隠れながらも、ニュアンス的には内部色調の濃さを現しているものと捉えこのまま引き出す方向とした。
支台歯左上の白いレジン部分、これは目指している色調よりも明度が高い為、(明度が高い事はマイナス要因にはならない)フレームのこの付近に位置する部分にエッセンスを施して明度を他と合わせていく事とする。(図24)
この症例での支台歯の大きさは適正な大きさである為、LTのインゴットを選択した場合、プレス+ステイン法では明度の低下や表面性状の付与の限界があり、プレス+レイヤリング法(エナメルのみ築盛)でも、デンティン形態までLTのインゴットで再現してしまうと、明度の低下があると思われる。
そこで、LTのインゴットを選択し、支台歯の色調を引き出しつつ、陶材で明度を保つビルドアップ法(デンティン、エナメルを陶材で築盛)を組み合わせる手法をとる。
それでは、LTインゴットの何番を選択するかという点については、最終的にA4に相当する明度を目指すが、エナメル質は白っぽいので内部の歯質はA4以上の暗さを有していると想像する。(ここでは仮にA5の明度とする)A3相当の明度を有するLTA3を選択する事で、支台歯のA5相当の明度を1ランク引き上げて、支台歯とフレームでA4相当のベースを整
える。(図25)
支台歯をWAXで再現したものにLTA3のフレームを合わせると、支台歯の暗さが全体に影響を与えているのがわかる。(図26)
必要部分、(支台歯左上、切端、下部鼓形空隙)にエッセンスを施す。焼成後、明度の確認を行う。特に歯頚部においてA4と同等の明度が得られた。(図27)
ベースの明度にズレがなければ、陶材の選択に移る。デンティンA3にエッセンス10番のテラコッタを極少量混ぜて、少しレッドシフトさせた。表面のエナメルには隣接にオパール効果を持ち比較的白めなOE3を選択した。(図28)レシピをもとに陶材を築盛し、模型上で完成した。(図29、図30)
参考として前回作製したクラウン(左側)との比較画像である。今回は狙い通りA4の明度がほぼ再現された。(図31)口腔内においても前回よりも違和感なく馴染んでいる。(図32,図33)
5.2つの症例を通しての考察
支台歯の色調を取り入れようとするから余計に色調を合わせるのが難しいのではないか?と感じられるかもしれない。
しかし、プレスセラミックスはその特性上、単冠、もしくは少数歯に対する補綴となる為、残存歯に色調を合わせる事に関してよりシビアな色調再現を求められる。
ただ、支台歯の色調が良好であるとした時には、うまくインゴットの選択、明度を保てば、その人本来の持っている歯牙の特徴、グラデーションを生かせるマテリアルと考える。
それは、メタルセラミックス等での陶材選択の熟練した経験や技術との差を埋める非常に有効な手法であると確信する。
だがしかし、やはり基本はメタルセラミックスの考え方にあり、その知識、経験なしにはプレスセラミックスでの色調再現は困難なものであるという事も同時にお伝えしたい。
おわりに、本稿を形にすることが出来たのは、症例写真提供にご協力いただき、日々、高いレベルで臨床に取り組んでおられる、佐呂間町若佐歯科診療所、古川智樹先生のおかげです。ここに感謝の意を表します。